B 人権規約、欧州人権条約の補足説明 

熊野: 自由権規約には、日本の憲法より詳しく、差別の禁止が述べられています。家族に関する権利、プライバシーに関する権利もあります。皆さん、社会権規約、自由権規約を一度ぜひ読んで下さい。

中井: 欧州人権条約のもとでは、国の管轄の中にいれば国民であるなしに関わらず、自由権が侵害されたらまず委員会に、ついで人権裁判所に申し立てを行うことができます。まず自由権について条約システムが作られていて、社会憲章のある社会権についての履行システムはありませんが、これはヨーロッパでは、社会権と自由権とは一体であるというベースの上に考えられてきているからです。

 残念ながらアジア地域には、まだこうしたシステムはありませんが、社会権規約委員会、自由権規約委員会への政府の報告書の中に自分たちの意見を反映させていくとか、その時にレッキーさんがおられるような団体を通じて、自分たちの意見を国連に上げていく、ということができます。

 居住権に関して言いますと、日本政府はこの8月に報告書を提出しましたが、ここには居住権に関して充分な言及はなされていませんし、委員会が要求している形式も満たしていません。国連にチャンネルを持っている団体を使って、現地の本当の状況を伝えていくということは、大切なことだと思います。


C 被災地における差別

Q: 今のマンションの件で、多数派は建替えに賛成なのですが、さっきの差別というのがどういう関係になるのでしょうか。もし今回、普賢岳並みの支援金が出ていたら、建替えでも補修でもできたと思うのですが。

レッキー: 差別にはいろんな問題があります。今、問題になっている件だと、大多数の人が解体賛成派であっても、その建物に住み続けたい人々についての議論が残ります。住み続けたいという人々は、社会的、経済的な理由で再建された建物には入居できない人々です。すなわちお金が払えない、公的支援を受けられない、特別ローンを組めないなどということですから、彼らには選択の余地はありません。選択肢が一つしかないのです。こうした非常に狭い選択肢を与えるということが、すでに不公平であり、偏っていて、これは差別だと言えます。

 差別というのは、常に黒人白人とか女性差別とかいう問題ばかりではありません。世界の発展に伴って差別の形も変わってきました。裁判所の下す決定も20年前に比べると、よほど見識あるものになっています。


D イギリスのホームレス法

Q: イギリスのホームレス法の話がありましたが、見た感じでは、イギリスの方がホームレスの数は多いように思えます。その辺りはどうなのでしょうか。

レッキー:全くおっしゃる通りで、確かにあの国にはより多くのホームレスがいます。ただ、これがイギリスのホームレス法のポイントなのですが、ホームレスの家族が現れると、自治体は即座に家を提供するのです。この法はイギリスで、もうずいぶん長く実施されています。問題点は、家族には家を提供するけれども個人には提供しないということで、イギリスのホームレスの大多数は、独り者の男性なのです。


E 「適切」な住居とは

Q: 人々の意識の中で‘adequate housing’、何が適切なのかというところで、大きな差があるように思うのですが、いかがでしょうか。

レッキー: とても良い指摘だと思います。この問題こそが、世界で長い間、居住の権利や適切な住居について、人々の理解が得られなかった要因です。すなわち「適切」ということが人によって違うのです。この人にとって良い住居でも、あの人にとってはそうではないかも知れませんし、日本で適切な形態の住居も、他国では不適切かも知れません。

 この点について国際的水準を作るために、私たちは7つの原則を作りました。言わば7切れからなるパイのようなものです。これらに基づけば、国によって違うところがあっても、基本的かつ総合的に見て、適切な住居の規準がわかるでしょう。

 まず第一に、占有権の保障があるということです。すなわち強制退去の心配のない、明日、突然に行政によって立退きを受けるというようなことのない住居です。家の持ち主であろうと借家人であろうと、この権利は保障されなければなりません。

 第二に、居住性のある住居でなければなりません。寒い国なら暖房が必要ですし、その形態は国によって違ってもあるべき窓やドアがあって、洪水や動物の危険から守られている、そういう意味での居住性です。

 第三に、経済的に手が届き得る住居であることです。住居を手に入れるために、あるいはそこに住み続けるために、他のことを犠牲にしなければならないようでは困ります。収入のうちどれだけを住居に充てるかという問題については、人によって様々で、60%ぐらいでも大丈夫な人もいれば、10%で難しいと感じる人もあるでしょう。ですが大体の目安としてはどこの国でも、総収入の20%から35%の間が、住居に費やせる妥当な率だと考えられます。

 第四に、障害者や老人、子供、病気を持った人々などにとっても、社会の他の人々と同様に、入手可能な住居である必要があります。

 第五に、その住居がまともな場所に建っている必要があります。汚染されたごみ捨て場など、健康や身体に害を与えるような場所に建っているようではいけません。ロケーションも大切な要素です。

 第六に、水や電気、衛生面での排水やトイレなど、基本的サービスを受けられることが挙げられます。

 第七に、文化的に適切でなければなりません。例えば砂漠の国と日本とでは、適切な住居は違ってくるはずです。それぞれの地域の文化に見合った、適切な住居であるべきなのです。


F 被災者の居住の権利の侵害

Q: 被災者の居住の権利が侵害されているというのがどういうところなのか、もう少し聞かせてください。

レッキー: 人々の声が復興計画に全く取り入れられていないということが、まず第一の居住権侵害です。これは国際的基準から見て、明らかな人権の侵害です。

 第二に、さらに重要なことは、人々がもともと住んでいた場所に戻れるような政策が採られなかった、ということです。これはとても重大な人権侵害です。国際法の理解が進むにつれ、難民や、自然災害によって元の土地を離れることを余儀なくされた人々に対し、もともと住んでいた場所に戻ることを権利として認めるということが、はっきりとした最近の国際的な流れです。この被災地ではこの基本が充分に守られておらず、人権侵害に当たります。

 先ほど少しお話しした差別の件もあります。

 また被災地では、生存権の侵害までもがあったと思います。震災の後、非常に多くの震災関連死がありました。住居に関してのトラブルで亡くなった人も多い
ですし、自殺した人も多いと聞いています。これは明らかな生存権の侵害でしょう。あるいは、仮設から強制的に人々を追い立てているという事実があります。水道の供給、その他の基本的サービスを切るということも行われています。これも人権侵害です。
 


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