「上筒井から」Vol.8(Dec. 2000)

市民の手による復興検証を



 私の住む西宮市では最近、震災後2度目の市長選が行われた。公示前早々に名乗りをあげたのは5人、しかし今一つピンとくる人がいない。どうして決めたものかと迷っていると、地元の学生の手による立候補予定者の「公開討論会」が開かれるというので、覗いてみることにした。候補者予定者はそれぞれ持ち時間内で「震災復興政策、今後の在り方」「住宅・人口についての政策」「行政改革・財政運営」など7質問について意見を述べる。もちろん私がもっとも興味を持って聞いたのは、今後の震災復興政策だ。

予想はしていたが、あらためて驚いたのは、いまだ被災者が辛い状況にあるということをちゃんと認識していると思われたのは、5人中1人だけだったということだ。この人だけが、復興を口実としたゼネコン奉仕の公共事業の廃止、阪神大震災被災者を対象とする家賃補助の継続や個人補償の要求を訴えた。他の4人は、震災は終了したとみなしていて、「復興は順調」「復興復旧は進んだ」という発言も散見した。

 私が驚いたのは、政治家たちのこういう考え方についてではない。こうした考えをあまりにも大っぴらに公の場で言うようになったことについてだ。以前なら被災者の票を意識して、うそでも被災者に心配りを見せ、リップサービス程度の公約もしただろう。

 行政やメディアが「節目」とうたった5周年が過ぎ、震災、そして復興はいよいよ過去のものにされつつある。そしてもうじき6周年だ。私たちは本当に復興したのだろうか?

   行政の論理に従えば、人口の回復は復興の証しということになる。しかし我々、被災地の被災者は、回復した人口の中身が決して「震災前に住んでいた人々が帰ってきた」のではないということを知っている。西宮の人口は震災前より増えてさえいるが、それは被災しなかった人々が他所からどんどんやってきて、戻ってこられない人々の数を超しただけだ。住宅の数も震災前を上回っている。震災で失われた以上の住宅数が震災後に建てられたのだ。しかし大半は高かったり遠かったり、経済苦の世帯や住み慣れた地域にこだわる老人世帯には、現実的ではない。被災者の実情や希望、ニーズには応えていないのだ。

 被災者のための復興住宅政策の一つとされる「特優賃(特定優良賃貸住宅)制度」は、実は震災前にすでに存在した住宅政策だ。民間の建設した住宅が一定の基準を満たしていれば、公的機関が20年の管理、国や自治体が家賃の補助をするという。ただし家賃補助は持続されず、入居者が支払う家賃は2年毎に上がっていく。被災地では震災後、この制度を利用した賃貸マンションが乱立し、住宅数の急増に一役買った。しかし家賃がだんだん上がっていくようでは、年金暮しの老人世帯は入れない。失業世帯、壊れた家のローンを払い続けていく世帯もしかりである。表向きは「被災者のため」とされる特優賃だが、どれだけ実際の被災者が住んでいるかは疑問だ。

 公費解体の期限を短く切られ、震災直後、多くの被災者は熟慮の余地もなく、被災家屋を解体した。区画整理や再開発にかかっていた地域では、部屋一つ残していれば立ち退きの補償金がとれたものを、きれいに解体してしまったばかりに、多くの世帯が補償金がないどころか逆に土地の一部を無償で供出する、もしくはその分をお金で支払う義務だけ負わさた。これが支払えず、やむなく売ってしまったという話は珍しくない。計画が遂行された地域では、まっすぐの広い道路が通り、街並はきれいになった。しかしそこに私が生まれ育った西宮の風情はない。これらの開発計画も、大半は震災前からあったものを塗り直しただけのものなのだが、復興計画として位置付けられ、進められてきた。

 行政やメディアがうたう「復興」は、あまりにも多くの人が「自助努力」を強いられ、取り残されているということに目をつぶれば、それはそれで一つの復興の形と見えるかも知れない。しかし予定外の再建ローンをかかえ、多くの知人が帰ってこないままとなっている当事者の私から見れば、この復興は「張りぼて」に過ぎない。そして私は張りぼて「復興」の裏側から、このまやかしを報じるメディアや、そのまま鵜呑みにする世間を信じられない思いで眺めている。「復興記念メモリアルセンター」計画にいたっては、本当に「よくそんなことを思いつく」と呆れてしまうほどだ。

 そもそも復興とは、誰がどういう視点、どういう基準で評価するべきものなのだろうか。去年あたりから県や市による自画自賛的な「検証作業」が華々しく行われている。それらの報道や報告書を見るにつけ、私はつくづく市民の立場での復興検証をしたいと思うようになった。こうした思いを抱いたのは決して少数派ではないだろう。

 当事者たちは「復興のウソ」を確かな感覚で知っている。しかしそれを裏付けるような調査や資料収集、結果分析のノウハウを持たない。一方、ずっと一貫して震災関連の調査を続けている研究者がいる。学問として研究に携わる人々の中には、当事者の苦境を調査の対象としてしか見ていないような人も多いが、当事者の視点での研究を重んじ、調査結果を当事者にフィードバックしたいと考えている人も少なくない。この当事者の感覚と、専門家のブレインとが組んで、市民の視点での復興検証はできないものか。模索する動きはいくつかある。

 私の周辺でも5周年の頃から、住宅や国際法の研究者、活動家、当事者が寄って、そうした可能性を探ってきた。そしてまだ試行錯誤の段階ではあるが、どうやら一つの「調査母体」が形成されつつある。とりあえず私はその中で、西宮での「人口動態調査」をしたいと、西宮に縁のあるメンバーで相談を始めている。神戸市の一角での調査の計画も進んでいる。一つの町に現在住んでいる人々を対象に、震災前から住んでいるか、他所から来たのであれば、いつどこからかなどを聞いていけば、被災した人々がいなくなったままの実情がデータとして浮かび上がってくるだろう。前述の特優賃マンションの入居者調査にも興味がある。また被災者の履歴も追いかけようと相談している。震災後から不本意にも転々と住まいを移った人は多い。プライバシーに踏み込むことになるので難しいが、経済事情について聞けたらという意見もある。

 その一方で、広く全国に発信して「当事者の声」を集めようという計画がある。行政やメディアにも協力を頼み、他の団体が行ってきた同種の調査結果にも目を通して、組めるところは組んでいきたい。調査結果のまとめや分析は、真の「被災者の生活復興」を目指した、私たち当事者の視点を尊重したものとなるだろう。

 もちろん、たやすい作業ではない。実際の活動は無報酬だし、現実問題としての作業を考えていく過程では、企画倒れも出てくるだろう。複数人が寄れば当然、意見のずれもある。しかし中心になるメンバーが「なぜ市民による復興検証をしたいのか」という基本から外れなければ、一定の結果を導き出すことはできるだろう。私は一被災当事者として「やりたい」という思いが強いし、他のメンバーもそれぞれの思いを持ってこの活動に関わっていこうとしている。「乞うご期待」とまでは行かないが、それなりに明るい展望を持って「ご支援をお願いします」は言い切れる。次回、次々回で何か進展をご報告できるよう、がんばってみたい。

(玲)



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