「上筒井から」Vol.8(Dec. 2000)

   今年1月に復興住宅でのコントライブをしてくださった
「劇団おいおい」ニュースレター「おいおい聞いて10号」の
神戸訪問記を転載させていただきました。   

1・29 神戸訪問&体験記


 前回神戸を訪問し、仮設住宅でコントライブを行ってから3年が経った。あの時はこちらから神戸へ行きたいと願い、訪問先を人づてに探り、仮設の暮らしを支えているYWCAの方たちと知り合い、準備して頂いた。

 今回は、同じそのスタッフの方たちから、もう一度おいおいの公演を開きたいとのお話を頂いた。 月日は流れ、震災後の神戸をとり巻く環境は徐々に姿を変えてゆく。仮設に住む方々は、それぞれの家や新築の復興住宅へと移られ、昨年末、被災地から仮設住宅は全て撤去された。

 決して暮らしやすいとは言えなかった、簡素な造りの仮設住宅は、薄っぺらな板1枚で仕切られた長屋のような住まいだった。そこから新築の暮らしに移られた皆さんに、安らぎは訪れたのだろうか。 昨年暮れから今年にかけマスコミの各紙面には、復興住宅での新たな問題が連日取り上げられていた。“扉を閉めたら、そこは閉ざされた1人の世界”“知る人もなく話し相手もできず、亡くなって数日後に発見されるケースが後を絶たない”“仮設の方がまだましだった”と。


 現地の姿を見たことがない人にとって、まず“復興住宅”という言葉がわかりにくい。それは、見上げるようなピカピカの高層マンションをイメージすれば近いかもしれない。そしてひとつの住宅地は、その建物が10ヶ以上も立ち並ぶ大きな団地を形成する。その団地は駅からは遠く、車が激しく行き交う大通りを超えて数10分も歩かねば買い物をする店もない、全く新しい開拓地だ。つまり、数千人の見知らぬ人々が一度に移ってきた陸の孤島なのである。

 そんな大都市型の住宅地に、いまだ心の傷癒えぬお年寄りたちが突然一人暮らしを始められた。“孤独死”という新たな問題が生まれたのは当然かもしれない。


 復興住宅における人と人とのつながりを作るために、その活動のひとつとして、おいおいの公演が企画された。1日の楽しい体験をきっかけに住民同士の交流が生まれれば、という目的である。 そして私たち自身にとっての目的はもうひとつ。YWCAが行っている路上生活者の方々への夜回り活動を、メンバー全員で体験しようと決め、一同は旅に出た。


 1月29日午前8時、東京駅新幹線の車内にて集合し、正午過ぎに現地到着。午後2時開演に向け、打ち合わせと会場の準備を整える。

 開演時刻が近づく。集まってこられる客足は予想より鈍い。見知らぬ人同士が出会う緊張感が会場に漂う。 そして開演。

 笑いはそこそこあるものの、反応は予想以下だろうか。しかしプログラムが進行するにつれ、徐々に場はなごんでゆく。与野コミでも好評だった最後の2作品は上々の反応だった。

 常々感じているように、観客側に良い人間関係がある場には良いエネルギーが存在し、感動的な盛り上がりを見せる。しかしその関係を新たに作り上げるために招かれたこの場所には、まだそのエネルギーが存在しないのは当然である。しかしながら、今日のこの反応は、今後の発展に十分な手応えが感じられるものだった。 この活動は当然1度では完結しない。“ここでの新しい暮らしがそんなに悪くない”と思えるだけの人間関係が生まれ育つまで、YWCAの方々が様々なイベントや活動を展開されるだろう。その手段のひとつとして、私たちも、何度でも行かねばならない。

 願わくば、復興住宅はひとつではない。他の住宅地にも同じ思いを持つ人が現れ、おいおいへオファーを送って欲しい。


 午後4時、全ての片づけが済み、コントライブは無事終了した。しかし、長い1日はまだ終わらない。 YWCA本部に招かれ、食事を頂きながら短い交流をした後、本日の“夜の部”、夜回り活動の打ち合わせが始まった。

 驚くほど広い抱括範囲を3地区に分け、スタッフが巡回する。我々も3グループに分けられ、それぞれの担当スタッフについてゆくことになった。 おにぎり、サンドイッチ、お湯をつめたポット、そして毛布を持ち、車で回る班、徒歩で回る班と別れて、それぞれ出発した。

 幸い1月とは思えない暖かな夜だった。

 大阪の釜ヶ崎や山谷とは違い、“ドヤ街”などと呼ばれる集中する“居住区”がなく、思いのままに路上に暮らされているので、その点在する実体を把握するのは難しいようだった。

 ダンボールの囲いに向かって、そっと“こんばんわ”と声をかける。何かお困りのことなどないか伺い、健康状態を確認し、食事とみそ汁を手渡す。“ありがとう”と受け取るおじさんの声は優しく、中には身の上話をとめどなく話される方もいらっしゃる。集中居住区を形成していないため、居住者同士にはっきりとした交流は存在しないが、互いに少し離れたところに住む人を気にし合ったり、気遣う姿に出会った。幸いだったのは、釜ヶ崎で出会ったような、希望を失った悲しい瞳のおじさんや、苦しそうな咳をする方がいなくて、辛い境遇にありながらも、まだまだ、皆さん頑張れそうな感じが伝わってきたことだろうか。


 約2時間の巡回を終え、全員が本部へ帰ってきた。メンバーたちにとって、もちろん初めての夜回り体験であり、“浮浪者”と呼ばれる人たちと話をした事自体、初めてだという。

 皆の感想は共通していた。“特別な人だと偏見を持っていたが、皆さん普通の人でした”“とても感謝してくれました”“話が出来て良かった”

 今回の旅が大成功を果たしたと思える瞬間だった。自分を“普通の人”だと思って生きている人々は、“普通ではない”ように見える人たちについて、もっともっと学ばなければならない。そして互いに知り合えば偏見は消え、共に楽しく生きられる方法を探ることが出来るはずである。

 時刻は11時。朝6時に家を出発した劇団おいおい一同の、長い激動の1日は終わった。

 3年ぶりに再会したお年寄りたちの笑顔、日夜活動に取り組まれるYWCAスタッフの力強さ、そして何よりも、新たな体験を共有し一層深まった劇団の絆、劇団おいおいの1泊旅行は、今回も実り多い旅となった。


「劇団おいおい」ニュースレター「おいおい聞いて10号」から



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