「上筒井から」Vol.6(March 2000)

☆区役所の窓口から☆ No.3

<被災者自立支援金の2例から考える>
区役所で働く筆者が日々の仕事の中で考えたことを具体的な時柄を中心に報告しています。


被災者への支援金や義援金などの支給を受け取ることができるのに申請していない人が意外と多いことは「上筒井から No.3」で書いたとおりである。被災者自立支援金の申請期限(4月28日)が近づいているので、もう一度ここでこの問題を考えておきたい。被災者自立支援金が主な支給要件は、<1>住居が全壊(または半壊で解体)<2>世帯の総所得の合計が346万円以下(1953年7月2日より前に生まれた人は510万円以下・70歳以上や要援護世帯の人は600万円以下)<3>恒久住宅に移転しているという事で、支給金額は37万5千円から150万円である。

 私の知っている限りであるが、申請していないのは制度自体を知らないというよりも、、自分は対象外だと思いこんでいることがほとんどである。支給されないと「早合点」する主な理由の一つは「所得」である。支給要件の「総所得」は1996年(H8年)か1997年(H9年)のどちらかが346万円以下であれば良いとされている。給与所得だけのサラリーマンの場合、その支払金額ではなく給与所得控除をした金額が346万円という事で、支払金額が500万円の場合に「総所得金額」が346万円となる。さらに、震災で全壊や半壊の被害を受けた人は税金を計算する上でその損害額を雑損控除として申告することが出来て、雑損控除の金額が所得を上回る場合、その上回った金額は翌年以降最高3年間所得から差し引くことが出来る(雑損控除の繰越控除)。この場合「総所得金額」は繰越控除をした後の金額となる。震災で大きな被害を受けた人はほとんどの場合繰越控除の適用があった。

 今年になって区役所に住民票を取りに来たOさんは40歳のサラリーマン。妻と子ども3人の5人家族で、収入はOさんの給与だけ。8年・9年の給与の支払金額は800万円を超えている。これだと自立支援金は所得オーバーで対象外と思ってしまうのだが、Oさんは住んでいたマンションが全壊で雑損控除の申告を震災の年にしている。雑損控除の金額は約2400万円。するOさんの総所得金額は1996年も1997年も0円ということになるのである。Oさんのマンションは解体されしばらくして再建されたが、ダブルローンをかかえ、家財道具の買い替え、子供の教育費など、家計は大変であった。Oさんは所得オーバーで自立支援金はもらえないと思いこんでいたが、申請すれば100万円が支給されると説明すると「信じられない、夢のようだ、これで大助かりだ」と繰り返し、驚き、喜んだ。

 もう一つ、申請をしていない例で多いのが、震災後に元の世帯から分かれたり独立した人である。申請できるのは「申請時の世帯」単位ということになっている。だから、震災時同じ世帯であっても、その後別々の世帯になれば、それぞれの世帯で申し込めることになっている。

 Aさん夫婦はともに60歳を超え年金暮らしである。震災時一緒に暮らしていた2人の息子は、その後就職してそれぞれ一人暮らしをしている。Aさん夫婦は市営住宅に転居した際にすぐ「被災中高年恒久住宅自立支援事業」(被災者自立支援金の出来る前の制度)で申請し100万円を受け取っている。しかし、2人の息子は申請していなかった。この場合、あさん夫婦と息子2人の3世帯が支給対象である。3世帯とも346万円以下の総所得であったから、Aさん夫婦100万円、息子が75万ずつ、合計250万円の支給ということになる。(じつは4人一緒の世帯では所得オーバーとなってしまい全員支給されなかった。)それを説明しても「本当にそんなお金がもらえるのか」と半信半疑であったが、後日「支給決定通知が来て振り込まれた。本当にありがたい。助かります。」と報告があった。

 ところで、この被災者自立支援金であるが、一昨年5月に成立した「被災者生活再建支援法」が阪神淡路大震災に遡及されないとされたため、法の生活支援金に相当する措置を講じるという付帯決議がなされ、それに伴って制度化されたという経緯がある。阪神淡路大震災で被災者への公的支援の有り方が根本的に問われ、被災者の運動の成果として実現した「生活再建支援法」であるが、この法律をよく読んでみると、出来る限り支給対象を減らそうとする小細工が各所になされている。

 「生活再建支援法」では、所得の基準となる年度を災害のあった前年(1月〜5月までの災害の場合その前々年)の所得となっている。Oさんの場合「生活再建支援法」では所得オーバーで支給対象にはならないし、Aさんも対象外である。災害で仕事を失ったり、住宅など生活の基盤を失った人に生活再建の塩円をするというのがその目的のはずなのだが、全くと言っていいほどそうなっていないのである。現に、法成立後の被災(台風・水害)をみると、被災状況に比べ支給実績は極めて少ない。

 被災前からの低所特赦と要援護世帯で全壊した人にしか公的援助が受けられないというのでは被災者は立ち直れないというのが「公的支援法」を求める運動の中心的な主張の一つであった。仮設住宅の撤去費用や義援金まで公的支援の金額に入れた上で被災者への公的援助している金額はこんなに多いのだと説明していた首長もいたが、要するに生活を再建するためには生活基盤の回復が必要でそのためには公的な支援がなければならないということなのである。成立した生活再建支援法は、支給金額も支給要件も不十分であるし、被災の前年あるいは前々年の所得を基準にした支援金というのは一体何なのだろうかと思わざるを得ない。阪神淡路大震災からの被災地からの声に生活再建支援法は応えてはいないのである。新たに「生活基盤回復援助法」の実現を目指そうという運動が起こっているのは当然のことである。


 自立支援金の支給をあきらめている方、もう一度本当に支給されないのかチェックしてみませんか。世帯主が被災していないと支給しないなど矛盾だらけの制度とはいえ、被災地の運動の成果であることには違いないのです。支給されるべき人に支給されないということがあってはならないし、「被災者生活再建支援法」の不十分な点を指摘し新たな公的支援の制度を訴えていくことも被災地の義務だと思うのです。

(I.K)


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