「上筒井から」Vol.5(Nov. 1999)

日本住宅会議海外視察旅行

日本住宅会議の企画による居住権を学ぶ海外視察旅行が実施されました。旅行に参加された(宇)さんに原稿をお願いしました。


 日本における住宅に対する認識は、現在においても依然貧しいものではないでしょうか。居住の「権利」についてかたる事はおろか、居住の「質」について云々する事すら、一種の贅沢であるかのようにみなされる傾向は依然として存在します。しかし、人が適切な住居に住まう事が、生活が成立するための不可欠な基盤である事は確かな事実です。

 9月10日から19日までの10日間にわたる第8回日本住宅会議海外視察旅行では、ローザンヌ、パリ、ロンドンをめぐり、欧州での居住への取り組みの一部を垣間見る事ができました。ローザンヌでは以前神戸にも訪れた事のあるスコット・レッキーさんの居住権についての講演を聞き、パリでは公共住宅を見学しました。もっとも得た情報量が多かったのはロンドンでしょうか。

 日本では、「居住権」という概念そのものが、それほど広く認識されていませんが、十全な生活の基盤である「居住権」は、世界人権宣言、国際人権規約など様々な国際文書に明示された明確な「権利」です。こうした国際文書に依拠し、レッキーさんのCOHREなどのNGOが国際的に居住権を守るべく活動を展開しています。講演では居住権に関する基本的なテーマ、他に強制退去の事例などについてうかがいました。

 一方、各国内での居住権侵害、居住に関する問題の解決は容易ではありません。ロンドンで訪れたイズリントン地区にある公共住宅は、コミュニティの分断、犯罪、公害など多様な問題を抱えています(住民の一人はこの住宅を「スラム」と呼んでいました)。現在、この地域では地方自治体と住民とが協力して居住地再生プログラムが進められています。主要な目標として掲げられているのは、@教育・技能レベルの向上、A社会的に疎外されている現状の改善、B持続可能な再生の実現、C地域経済の活発化、D犯罪対策、の5つです。実際に、この地域にある団地の一つの中にある一室で自治体関係者と住民代表の方のお話を聞いたわけですが、団地の様子はすさんだもので、手入れがほとんどされていないようでした。問題を抱える住宅に共通した要素なのか、住民の住宅に対する愛情の欠如、その結果としての手入れ不足、メンテナンスの放棄といったものを感じました。

 イズリントンでのプログラムはまだ始まったばかりで、私たちが訪れた前日に初めての大規模な住民集会が開かれたばかりとの事でした。大幅な住民参加を促すこのプロジェクトが今後どのような方向に進み、どのような結果を出すのか、非常に興味を引かれるところです。

 また、ロンドンでは自由行動の日に、イギリスYWCAのデレク・コックスさんにタワー・ハムレット地区を案内していただきました。バングラデシュ系住民の多いこの地区での彼の活動の一端がうかがえました。小さなオフィスと教室(オフィスの隣のビルにある)を利用して、女性のために縫製やパソコンの教室が開かれており、ここで技術を身につけた人々は職を得、収入への道を開かれていくわけです。地域住民が親しくデレクさんと声をかけあっていく様子から、彼の活動が地域に溶け込んだものである事が感じられました。多くのボランティア団体が独自に活動を展開し、地域で一定の役割を果たしつつ受け入れられている様子には新鮮な印象を受けました。

 また、「居住」だけの問題とは定義しにくいテーマですが、ホームレス支援団体「シェルター」では、ホームレス支援活動の現状について話を聞く事になりました。シェルターは、イギリスで最大規模を誇るホームレス支援団体ですが、究極的には、ホームレスに対して助言を行う事が活動の基本であり、こうした団体が現状にコミットして行く際の限界も感じさせられます。シェルターの後で訪問したロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでも「ホームレスの問題は住宅問題ではない」という発言が出ました。住居が重要であるのは確かですが、それがどのように提供されるべきなのか、どの程度まで支援・補助がなされるべきなのか、住宅問題という視点だけでは片づけられないものがあります。

 居住権擁護の立場からNGOで活動を行うレッキーさん、住民参加の試みに踏み出したイズリントンの自治体、ホームレス支援のシェルター、当事者ではなく研究者あるいは学生として住宅問題を分析する人たち、それぞれが、自分の視点から必要と考えた事を行動に移しています。彼らの活動の間には何のつながりも存在しないようですが、住宅の重要性に対する確かな認識が存在します。

 自分の「住」をどう考えるか。政府・自治体が「住」をどう捉え、どう提供していくのか。

 「住」を権利として捉える視点が示すものは、現代日本の「住」を個人の経済能力の一発現形態とのみ捉えがちな傾向と全く異なるものです。十全な生のために、どのような「住」が必要であり、それがどのように提供されるべきなのか。今回の旅は多くの疑問を新しく投げかける旅でもありました。

 最後に、旅に誘ってくださったRWさん、旅行中お世話になったSTさんに感謝します。

 (宇)


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