☆区役所の窓口から☆ No.1
区役所で働く私が、日々の仕事、特に市民と接する中で考えたことなどを、具体的な事柄を中心にこれから連載で報告いたします。
<ためらいと苛立ち>
区役所には毎日いろんな人から電話がかかってくる。簡単な相談あるいは説明ですむ事が多いのだが、どうしても気にかかって逆に深く聞き返してしまうこともある。
A子さんは、65歳になったばかり。市民税の申告書が送られてきたがどうすればよいかと電話をかけてきた。
「去年の収入を書いて下さったらいいんですよ」
「申告するとやっぱり税金がかかるんでしょうね」
「それは金額にもよりますから。どれくらいあるんですか?」
「去年の秋までは月14万くらい給料があったんですが、今は仕事もなくて月2,3万くらいですが」
「65歳で月14万くらいの収入だけだったら、税金はかかりませんよ。とりあえず、申告をお願いします」
と普通なら話しはここで終わりなのだが、オンラインの画面を見ると復興住宅に入居したばかりで、全壊のデータも入っている。月2,3万というのも気にかかる。
「ところで、年金はどれくらいあるのですか?」
「ないです」
え、年金がない!では、今は収入は月2,3万ということか。それでどうして生活していけるのか。
「2、3万の給料以外には何か収入はあるんでしょうか」
「そんなんありません。借金はあるけどね。それに区役所にもぎょうさん払わなあかんお金があるし。滞っとう税金はお金が入ったらすぐいれますからちょっと待ってくださいね」
これは要保護状態ではないか。さらに突っ込んで聞く。
「失礼ですが、貯えは・・…」
「そんなんないです」
「生命保険なんか入ってますか?」
「何にもないですよ」ここで確信。
「ところで、生活費はどうされています?家賃も必要でしょう。その収入では大変なのではないですか?」
「ええ……、大変ですね。全然足りんで苦労してます」
「当面の生活費はどうされるんですか?」
「友達にでも借りようかと思ってます」
「返すあてはあるんですか?」
「さぁ、でも借りたものは返さなあかんから・…・…」ここまでくればもう明らか。
詳しく話を聞くと、震災で灘区のアパートが全壊、避難所から仮設住宅、この市住と順番に当選してきたという。長く一人暮らしで親も子も兄弟もいないという。「こんなええとこ住まわしてもろてほんまうれしいわ」というが家賃さえ支払うあてがない。
税金や健康保険、震災の支援策の説明をひとしきりした後、保護申請をすすめた。
「生活保護の申請をしたらどうですか」
「そんなん私でももらえますか」
「何の問題もなくもらえますよ」と、保護費の金額を示した。
「それだけもらえたら、ほんまに楽やけど、あかんいわれるんちゃうやろか」
保護申請すれば、すぐに開始される極めててシンプルなケースだ。だめといわれることなどありえない。
生活するだけの収入がなく、どうにもならないのに、福祉事務所に相談に行こうとは思わない。すすめられてもなかなかその気にならない。福祉事務所はそれほど敷居が高いのか。いろいろ説明して、結局翌日私が同行して申請に行くことになった。
翌日、区役所に来たA子さんは、福祉事務所のドアの前で立ち止まり、やっぱりやめとくわ、と帰ろうとした。また、説得して面接室まで同席して、やっと申請に至った。
その後、すぐに生活保護が開始されたことはいうまでもない。
A子さんが、福祉事務所のあのドアをあけるのにどれほどのエネルギーと勇気がいったのかを、福祉事務所の人たちは知らないだろう。
A子さんのような人さえ福祉事務所に相談に行くのをためらわせるものは一体何なのか。A子さんが決して特別の例とは思われないことに苛立ちを感じるのは私だけではないだろう。