「上筒井から」Vol.12(March 2002)

最終所見 - その後

 所見の内容は、期待を上回るものでした。扱われる項目が多いので、震災についてどれほど取り上げてくれるか不安が大きかったのですが、出てきた所見は実に具体的で、当事者との協議が十分ではないこと、心のケアの不足、高齢者が慣れない環境で暮らしていること、被災者の再建ローンの負担など、報告書やヒアリング、委員の来日視察などを通して届けられた市民の声が、きちんと反映されていました。他にも、日本社会に根強い女性や在日外国人に対する差別、ホームレスや労働時間の問題、さらには裁判官や検察官、弁護士の国際人権規約に対する認識の低さなど、所見の内容は多岐に渡っています。

 そもそも社会権規約の加盟国に義務づけられている「政府の報告書」提出の目的は、その国の人権の実状を国際水準に照らし、必要に応じて勧告や助言をすること、そして加盟国自身にも、自国での人権の実現状況を見直す機会を与えるということです。加盟国には、報告に必要な情報や統計を積極的に得ようとする努力が求められますし、政府以外からの情報提供も大いに歓迎されます。社会権規約委員会がこれらの情報をもとに、客観的立場から判断して出すのが、所見なのです。

 しかし残念ながら、日本政府には最終所見を謙虚に受け止め、事態の改善を図ろうという姿勢はあまり見られません。兵庫県知事も神戸市助役も、所見内容は委員会の「事実誤認」だと発言しました。国会でも政府の答弁は「事実誤認」路線です。

 村井仁国務大臣は11月8日衆議院(災害対策特別委員会)で、住宅対策も精神的ケアもきめ細かい施策を実施しているにも関わらず、所見には政府の説明が十分に反映されず、明らかに事実誤認で、国連に申し入れる必要があると発言しました。11月28日の参議院(同)では、事実誤認について国連の担当事務局長に申し入れをして認められたとも答弁しました。さらには、わずか6時間の議論でこれだけの所見を出したと、批判がましい発言さえしています。

 この「申し入れ」に疑問を抱き、関連書類の情報公開を求めた人がいます。出てきたのは出張記録でした。政府高官(内閣府参事官)が別件でジュネーヴに出張したときに、ついでに社会権規約委員会事務局長とも会見して、非公式の意見交換をしたというものです。正式な申し入れではありません。事務局は「締約国が満足していないことは理解する」「意見を公文書で提出すれば翻訳して加盟国に配る」と対応しただけです。「所見そのものが事実誤認に基づく」と認めてもいません。

 所見は、政府がどれだけの施策を取ったかではなく、それらがどれだけ実際に人権実現に役立ったかを評価するものです。所見の趣旨は、その国の人権状況の改善や向上を促すことであって、間違ってもその国をいたずらに批判することではありません。

 また審査こそ6時間ですが、審査に至るまでに委員たちが費やす労力は膨大です。市民やNGOから寄せられた報告書に目を通し、発言を聞いてメモを取り、一方でさらに詳細な情報の提供を促すために政府にも質問票を送るのです。来日した委員は「私たちはこ〜んな量の書類を読むんだ。ジュネーヴの湖畔でお茶を飲んでいるわけではない」と笑っていました。それを「わずか6時間」とは、失礼どころか、無知をさらけ出しているようなものです。

 今年の1月17日、神戸では「国連で厳しく問われた人権・被災者支援」と銘打ったシンポジウムが開かれました。満員の会場は、これまでの経緯の報告に続いて、今後我々に何ができるかの議論で盛り上がりました。NGOと政府との意見交換会や、社会権規約委員会への状況報告という動きもあります。国連での直接発言という大胆な提案も出ました。

 「事実誤認」と言いますが、実は政府は思わぬ反響にあわてふためいている様子です。この反響は、ゆっくりですが、さらに広がろうとしています。どれだけ広がるかは、私たち次第です。




このページのトップ
Vol.12 もくじへ   トップページへ