「上筒井から」Vol.2(Nov. 1998)

思うことなど


 いつの頃からだろうか。「野宿者」と呼ばれる人達の存在を知るようになったのは。

 神戸のベッドタウンと呼ばれる町で育ち、月に一回程買い物や遊びで出かける三宮の駅のプラットホームの下で出合った野宿をしているおっちゃんの存在を子どもながらに気にし始めたのは、おそらく小学校5〜6年生ぐらいだと思う。古新聞の上にすわりこみ、空き缶を前に物乞いをしているおっちゃんの姿を見て、素朴に「なぜこんなことをしないといけないのだろう」「働く気はないのだろうか」と思い、親にその疑問をぶつけても「しかたないのじゃない?」とあいまいな答えしか返ってこなかった。それから数年後、横浜で「中学生による『浮浪者』殺傷事件」が起き、社会的に問題にされるわけだが、あれから十数年、日本の社会が根底にかかえる問題は何ひとつ解決されていないと思う。子どものころ、出会った物乞いをしているおっちゃんは、今、どこで、何をして、くらしているのだろうか。

 『そんなことをやらずに、まず自分が路上生活から脱することを考えるべきではないか、と言う人もいるかもしれない。通行人は迷惑をしている、という人もいるだろう。しかし、この問題がこの社会のあり方自体に深く根ざしている以上、就労構造、福祉政策上にとどまらず、家庭や地域社会の役割にいたるまで、各分野での大きな変革がない限り、人々は次々と失業し、住みかを失い、路上へと追い込まれるであろう。』-新宿ダンボールハウスの人々-稲葉剛著

 つまり生き抜くための「闘い」の輪に加わり、同情やほどこしではなく、共に考え、共に行動することが「夜回り準備会」(仮称)に求められていると思う。人は誰もがしあわせに生きたいと願っている。願っているのに「野宿者」をとかげのしっぽのように、切り捨てていく日本という社会に私たちは無力さをおぼえてしまう。だが、このままでいいのだろうかと私は考える。まだまだ課題は多く、困難さはありますが、問題解決のために取り組んでいきたいと思いますので、みなさんも一緒に考え、活動を作っていきませんか?

(1998年11月・大)


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